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 2020年に治療用アプリケーションとして日本で初めて、CureApp社の禁煙治療用アプリが保険承認されました。慶應義塾大学医学部内科学教室(呼吸器)・助教の正木克宜先生は、CureApp禁煙治療用アプリの臨床試験を行い、現在もアレルギー・喘息・禁煙支援に対するデジタル医療の普及に挑んでいます。学生時代に培ったリーダーシップや人とのつながりで今があると語ってくれた正木先生は、アレルギーに対するデジタル医療の世界にどのようにして関わっていったのでしょうか?

医師としてのチャンスと成長

 

ー先生は学生時代に、将来のキャリアパスを細かく決めていたのでしょうか?

 学生時代からアレルギーや喘息の診療をしたいと考えていましたが、将来の詳細なキャリアパスは、学生当時から今に至るまであまり細かく決めていませんでした。医師になると多くは医局という組織に所属するので、自分の進路について勝手がきかない部分があります。しかし医局制度には悪いところばかりではなく、もちろん良いところもあります。例えば、「自主的に何かを続けることは難しいが、部活で仲間と一緒なら高い頻度や強度で練習ができること」と似ています。自分はあくまでのチームの一員なので、自分勝手に将来を決定できるわけではないですが、逆に1人でいたら選択できないような大きな可能性も出てくると思います。

 他にも、大学院生や学生たちとの繋がりがあるというのも大学病院、医局に所属するメリットです。私は診療と研究の傍ら、臨床実習学生の担当もしています。教育に対するモチベーションの源は、もとより意識の高い学生をさらに伸ばすことももちろんですが、興味の低い学生にいかに勉強してもらえるかを考える楽しさにもあります。モチベーションが低そうだった学生が呼吸器内科の臨床実習で何かを持ち帰ってくれれば達成感を感じますし、彼らの成長をみることが励みになっています。学生たちが書いたレポートの中には質が高いものも多く、実はそこから私は知識をアップデートさせてもらっていることもあります。

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正木 克宜  先生
​(まさき かつのり)

​後編
2007年慶應義塾大学医学部卒業。
呼吸器内科医として慶應義塾大学大学院博士課程修了後、英国Guy’s & St Thomas’病院で成人アレルギー科の専門研修。2019年より慶應義塾大学医学部内科学教室(呼吸器)助教。

※所属・職名等は取材時のものです。
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一つの診療科に拘らない

「アレルギーの専門家」を目指した留学

 

ー正木先生は2018年に英国Guy’s & St Thomas’病院でアレルギー科専門研修をされ、帰国後に慶應義塾大学病院に新設されたアレルギーセンターのお仕事をされていますね。イギリスでの臨床留学で得た経験について教えてください。

 海外留学に行くことが自分にとってプラスになるか、海外で自分がどのような価値を生み出せるのか、ずっと疑問でした。海外留学への憧れはあったものの、基礎研究であれば国内にもトップレベルの研究所がいくつかありますし、研究のみを理由に留学海外に行くということは考えませんでした。

 それでも留学したいと思ったのには理由があります。日本ではアレルギー診療は小児科、眼科、皮膚科などの縦割りで行われている一方、海外では「アレルギー科」というものが存在し、1つの独立した診療科として機能しています。私は、人の一生を診たい、また全身を診たいという想いで、内科医になることを選びました。その後、特に喘息を診たかったので呼吸器内科を選択しましたが、「呼吸器内科」という枠組みだけでは患者さんの診断や治療において行き詰まってしまうことがあったのです。例えば、複数のアレルギー疾患を持っている患者さんの診療です。喘息患者の7割がアレルギー性鼻炎を、3割が食物アレルギーを、2割がアトピー性皮膚炎を併発しているため、喘息のみを診てもその患者さんの全体を診ることにはつながりません。一方で、最近は多臓器のアレルギー疾患に効く薬剤が開発されて使用できるようになっており、例えば重症喘息の治療薬である抗IgE抗体(オマリズマブ)は他にも難治性の蕁麻疹や重症の季節性アレルギー性鼻炎にも効能と保険適用があります。そのため、このような薬剤を効果的・効率的に使用するためには広く全身の臓器に対するアレルギー疾患の知識や経験を重ねる必要があります。私は当時すでに日本アレルギー学会のアレルギー専門医資格を取得していましたが、この経験量で足りているのか、体系的な研修を受けずに患者さんを診てもよいのか、と考えました。しかし、国内ではアレルギー診療を総合的・体系的に勉強する手段や環境がほとんどありません。

 ちょうどその頃、欧州アレルギー学会からの案内で、欧州以外の国でアレルギー専門医を持っている人たち向けの研修プログラムを知りました。日本から初めて応募し、日本アレルギー学会からの奨学金をいただいてロンドンで研修をすることができました。留学先では小児科との連携外来(移行期医療)、成人食物アレルギー、薬物アレルギーなどを診ました(正木先生留学便り)。成人のアレルギー診療の担い手は日本にはあまりいないのが現状ですが、慶應に戻ってからは、自分の外来で成人の食物アレルギーなどを診ています。ちょうど渡英中に慶應病院に「アレルギーセンター」が設立されたので、診療内容や体制を充実させるべく他科と協働しています。

 なお、成人では食物アレルギーの原因食材は野菜や果物が原因であることが多いのですが、実はその原因が花粉症にあることが多いのです。例えば、春に飛散するハンノキの花粉症になった方の一部ではバラ科の果物(リンゴ、モモ、サクランボなど)へのアレルギーが発症し、秋に飛散するブタクサの花粉症の方ではウリ科のメロンやスイカにアレルギーが出ることがあります。花粉と食物に含まれるタンパク質同士がお互いに似ているために起きる現象(抗原交差性)が原因です。そのため、食物アレルギーの診断はじっくり問診を取って病態を推測し、それを血液検査や皮膚プリックテストで確認・検証するという流れで原因抗原や病態を突き止めます。日本の外来は少ない時間で多くの患者さんを診る必要があるため、初診時に十分な問診をしたり皮膚プリックテストをしたりすることが困難です。一方、イギリスでは一人の患者さんに30分から1時間ほどかけて、じっくり診察をしていました。中にはその場で原因だと推測される果物や野菜、魚などを市場で買ってきてもらい、皮膚プリックテストを行ったこともあります(病院のすぐ隣には観光地としても有名なBorough Marketがあります)。イギリスは専門医に診てもらうためにはまず「かかりつけ医(GP)」の診察を経て、そこから総合病院の予約をとる必要があります。専門医に受診するのが2-3ヶ月後となってしまうことが多いのですが、逆に初診時には十分な時間を確保することができます。日本の外来で一人一人にそれほどの時間をかけることは現実的に難しいですが、イギリスで学んだことを大学でも活かしていきたいと考えています。

 私は留学して総合アレルギー診療という、患者からの受診・精査ニーズがあるものの未だ診療体制が満たされていない(アンメットニーズ)医療を学ぶことができました。また、短期間ではありますが日本の外に出たことで日本の良いところ・足りないところを客観的に感じることができたことが収穫だと思います。

慶應でのつながりが、

日本初の治療用アプリ保険適用に結びついた

 

ー呼吸器内科医・アレルギー診療医である正木先生が、どのようにデジタル医療の世界に入っていったのでしょうか?

 デジタル医療をもともとやりたかったというより、人のつながりによるところが大きいです。慶應の呼吸器内科には禁煙支援の研究を行う研究グループはなかったのですが、自分で禁煙外来担当医(舘野博喜非常勤講師)に弟子入りして小さな研究を始めていました。そんな折、私の同級生の佐竹晃太先生がCureAppという医療アプリのベンチャー企業を立ち上げ、最初のプロダクト・計画として禁煙アプリをやりたいということで声を掛けられたんです。もし慶應医学部に入っていなかったら、また、喘息の分野しか研究していなかったら、このチャンスには巡り会えなかったと思います。そして、禁煙支援の師匠である舘野先生にエビデンス(科学的根拠)に基づいたアプリ開発の音頭を取っていただいたからこそ形になりました。私自身はプログラムが書けるわけではないのですが、CureAppの佐竹先生、禁煙支援を専門とする舘野先生とのつながりで、日本で初めて治療用アプリを保険承認にまで持っていくことができました。アプリ開発や臨床試験等にかかる費用は若手個人で獲得する研究費ではとてもまかなうことができません。CureAppの佐竹先生はベンチャーキャピタルや総務省などから資金を獲得してきてくれました。

 CureAppの禁煙支援アプリ(CureApp SC)は保険承認を得て、全国の禁煙外来で使えるようになりました。しかし、まだこのアプリが実際の患者さんの禁煙支援に結びついたか、実際に禁煙外来での長期的な禁煙成功率が上がるかなどはわかりません。現在その研究を進行しており、実際に社会実装の効果を検証する予定です。

 禁煙支援アプリ研究を始める時、当時の教授であった別役智子先生や現教授の福永興壱先生は、私が持ち込んだこの研究を認めてくれました。まだ一つもなかった治療用アプリの保険適用を目指していたことに加え、企業と一緒に行う事業であるためビジネスの色も強かったですが、禁煙支援には科学的なブレイクスルーが必要だということを、サイエンスとして認めてくれました。プロジェクトが走り出すと、佐竹先生は実際にプロダクトを作り、臨床試験をする資金を集めてくれました。学術的なアウトカムは舘野先生や亀山直史先生(88回、医学部内科学教室(呼吸器)共同研究員)をはじめ、多くの先輩・同僚たちと一緒になって出したものです。慶應でのつながりがあったからこそ、本プロジェクトを大きな仕事にできたのだと思います。

 

ー臨床医になると日々の診療業務も忙しいなかで、自分が臨床でみつけて調べたいと思ったテーマについて研究することは可能なのでしょうか。

 ヒトでの研究をすることになれば臨床医を巻き込むことになると思いますが、その時は自分が臨床を離れていたとしても、臨床医の気持ちや実情を知っているのと知らないのとでは大きな違いがあると思います。CureAppと組んだのも、医師でもある社長が臨床現場で必要としているプロダクトを作る計画を立てているからです。医師の視点で将来の医療に必要な部分にアプローチするスタンスが共有できたことは重要なことでした。

 医師としての成長を求めれば終わりがないからこそ、ある程度のレベルまで到達できたら自分のやりたいことを表明し、それに賛同してくれる人を集められるかどうかが重要です。自分に不足している分を埋めるだけの説得力、行動力、環境があれば、モチベーションを見つけることはできるのではないでしょうか。実際これまで語ったことのほとんどは、周りが助けてくれたからこそできたことです​。

発信する力

 

ー正木先生のこれからのビジョンを教えて下さい。

 私はTwitter(@masakikatsu)などでアレルギー疾患について発信をしています。情報発信をしていると、いろいろな方とつながることができて情報収集もできますし、質問や相談、また依頼が来て仕事や研究につながることもあります。

 Twitterを利用した呼吸器内科の研究の一つに、インターネットを用いた食事調査がありました。これまで、心臓の疾患や糖尿病では食事との関係がよく調べられているのに、呼吸器の病気と食事の関係についてはあまり調べられていませんでした。しかし、実は肥満は喘息のリスク因子ですし、喫煙による慢性閉塞性肺疾患(COPD)の方は痩せすぎていることが多いです。私たちの教室で福永教授が描いているプロジェクトの1つに「喘息やCOPDに対する食事・栄養介入」があります。従来は病院に来る患者さんに紙でアンケートをとっていたわけですが、今はインターネット上でいつでも、どんな方にでもアンケートをとることができます。食事を写真に撮ってアップロードすることで管理栄養士さんが食事の栄養価や内容をチェックすることも可能になります。

 このプロジェクトはクックパッドから派生したおいしい健康という会社と行っていますが、研究に協力してくれる方を集めるのにTwitterが役に立ちました。当初は参加エントリーが少なかったのですが、知り合いの小児アレルギー科で多くのフォロワーをもつ先生に本研究についてのツイートをお願いしたところ、一晩で急激にエントリー数が伸びました。エントリー数が増えただけでなく、そのツイートに対して一般の方々が好意的なコメントをしてくれて、喘息と食事に対して多くのが興味を持ってくれていることを知ることにもつながりました。

 このような仕事は基礎研究医がいる一方で、基礎と臨床をつなぐ医師もいないと成り立ちません。私はそのような基礎と臨床をつなぐ医師として、これからの医療に貢献していきたいと思っています。

-デジタル医療ツールを積極的に用いるアプローチでアレルギー・呼吸器診療・研究を行っている正木先生の活躍に、今後も目が離せません。

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正木 克宜  先生(まさき かつのり)

 

2007年慶應義塾大学医学部卒業。

呼吸器内科医として慶應義塾大学大学院博士課程修了後、英国Guy’s & St Thomas’   病院で成人アレルギー科の専門研修。

2019年より慶應義塾大学医学部内科学教室(呼吸器)助教。

※所属・職名等は取材時のものです。

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